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来日したシタールの俊英 シャヒード・パルヴェーズに聞く
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聞き手:中村とうよう
別冊MUSIC MAGAZINEnoise No.7 1990 |
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| 初来日したシタールの名手 | ||
| 北インドのシタール奏者シャヒード・パルヴェーズが来日した。 | ||
| 彼の来日はこれが初めてである。いわゆる呼び屋さんの手によるコマーシャル・ベースでの招聘ではなく、彼の弟子の仁平哲央さんが個人的にお世話する形での来日、コンサートも東京では早稲田の銅鑼魔館といういわゆるアングラ劇団などが使う小さな場所(客席は70か80くらい)で7月27・28日の2公演、ほかにインド大使館で無料招待のコンサートがあったり中野のテルプシコールというこれも普段は演劇や舞踏に使っている場所で"囲む会"をやったりといった程度。関西ではお里・沢市で有名な奈良の壷坂寺で公演をしたそうだ。 | ||
| 当然、充分な出演料を手にすることは不可能だろうし、欧米などでのコンサートの実績も積み、国内でも高い評価を得ている彼としてはこのような小規模な形での来日は不本意でないはずはあるまい。しかし、日本では、いま北インドの古典音楽がコマーシャル・ベースでの招聘には乗りにくい状況であることは否定できぬ事実で、こういう形でしか彼の来日が実現しなかっただろうことも認めざるをえない。 | ||
| インド古典音楽と言えば、60年代にビートルズやコルトレーンのおかげでラヴィ・シャンカルが変な形で注目を集め、わけがわからないまま彼の名前だけが広まった。そのシャンカルの徒花的な人気も当然のことながらいつしかしぼんでしまい、ワールド・ミュージック・ブームでカッワーリーやガザルが関心を持たれたりフィルム・ソングのラター、アーシャ姉妹のレコードが広く聞かれたりする一方で、いまさらシタールでもないや、みたいな雰囲気が強い。本誌の前号でG・M・ナイルさんのお話を載せた中に、インド音楽と言えば古典音楽のすばらしさばかりが語られてフィルム・ソングなどが軽視されて来た、しかし本当にインドの多数民衆に愛されているフィルム・ソングを馬鹿にするのは間違っている、といった発言があり、聞き手の僕も大いに同感したのだったが、考えてみると、いまの現実はむしろ逆転し、推薦するに足るシタールのLPもCDもここ久しくまるで発売されない状態が続き、来日公演もほとんどない。まさに、わが国では、北インド古典音楽は厳冬の時代が続いているとしか言いようがない。若いワールド・ミュージック・ファンの中にはラヴィ・シャンカルも知らない人が多いのではあるまいか。60年代におけるシャンカルの虚像的神話現象の反動が来た、と言うには、あまりにも不当な冷遇だと思う。 | ||
| それだけに、なんとかパルヴェーズを来日させて日本人にシタール音楽のほんとうの魅力を知らせたい、という仁平さんの熱意には共感する。そして、お客さん全員の顔の見えるような小さな場所でやって自分の音楽の真髄をじっくり味わってもらいたいと考えたパルヴェーズの真摯さも高く評価したい。 | ||
| そして何よりも強調したいのが、銅鑼魔館での演奏が、期待を遥かに上回るすばらしい出来だったことだ。はっきり言って、ラヴィ・シャンカルなんか目じゃない。ぼくが聞いたのは2日目の28日だったが、この日は彼としても乗りに乗った好演だったと思う。ぼくだけでなく、一緒に聞いた海老原政彦、関谷元子の両君もしきりに感激していた。北インド古典音楽のすばらしさを再認識するとともに、インド音楽の中でカッワーリー、ガザル、フィルム・ソングなどの価値ばかりを強調してきたぼくとしても、罪滅し(?)の気持ちをこめて、仁平さんのお宅に泊まっているパルヴェーズを訪ねてうかがった話をみなさんにお伝えしたい。精悍な風貌のパルヴェーズはとても熱心にぼくの質問に答え、ときにシタールを弾いたりしながら説明してくれた。 | ||
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| インド音楽をどう聞くべきか | ||
| ◎28日の演奏はご自分ではどう思っておられますか。 | ||
| ● 自分でも演奏を心からエンジョイできました。聴衆はじっくり聴いて、適切に反応してくれましたので、私はみなさんから大いにインスパイアされました。だからいい演奏ができたんだと思います。日本で演奏をするのは大好きです。 | ||
| ◎ 27日のほうは聞いていないんだけど、ご自分で27日と28日と出来をくらべて、どっちがよかったと思われますか。28日のほうがよかったと言ってた人もいましたけど…。 | ||
| ● 演奏はその日その日にベストを尽くしています。しかしもちろんいろんな点で、一日ごとに異なった演奏になります。あなたはそれをたくさん聞くことによって、ある日の演奏と別の日の演奏を比較することができるわけです。それはあくまでもあなたの比較、あなたの感想です。どれがベストでどれがワーストかは聞く人によって違います。 | ||
| ◎ 演奏者にとって聴衆の反応から受ける影響は大きいのですか。 | ||
| ● そうです。演奏全体が聴衆に左右されます。聴衆が敏感じゃないと感じたら、演奏者はホンモノの演奏はできませんよ。聴衆の反応と言ったけど、それは必ずしも拍手が大きいかどうかという意味じゃないんです。聴衆が心の中に演奏者の音楽をしっかりと感じ取ってくれれば充分なんです。 | ||
| ◎ 感じ取る、ってことをおっしゃったけど、インド音楽の聞き方としてフィーリングで聞くというのが正しいのかどうか、これはぼくがいちばん質問したかったことのひとつなんです。インド古典音楽を本当に鑑賞するには、ラーガ(旋法)やターラ(拍節法)について知っている必要がある、とよく言われますね。しかし日本では専門的にインド音楽を学んだ人以外はそのような聞き方はできません。28日のコンサートのときも、2、3の人が手でターラのビートを勘定しながら聞いてたようだけど、大多数の人は単にメロディーの動きを追ったりリズムを体で感じたり音色のかもし出す雰囲気に浸ったりしているだけだったと思うんです。そういうフィーリングだけでインド古典音楽を聞くのは、ダメな楽しみ方なのでしょうか。 {註=ジャズのアドリブを真に味わうには、演奏されている曲のコード進行がわかっていて、コードにふくまれている音をどう選んでフレーズを作っているかを理解し、コードからはずれた音を使ってしまったときなどすぐに気づくくらいでなければダメだ、といった考え方がある。同様に、教養あるインド人ならラーガ、ターラといった規則を熟知していて、演奏者がそれをどう使いこなし、技巧的に崩しているかを味わいながら聞く。それが本当の古典音楽の鑑賞なのである。} | ||
| ● もし本当にエンジョイしたいと思うのなら、音楽理論を身につけているほうがずっとよいのは確かです。私が古典音楽についてすばらしいことだといつも思っているのは、それが単なるエンタテインメントじゃないからです。もちろんエンタテインメントでもありますが、しかし同時にそれを超えたものでもあるのです。 | ||
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| ◎ というのは、インド古典音楽の理論を知らずに単にフィーリングだけで聞いているわれわれは、エンタテインメントの部分だけしか受け取れていないわけですね。 | ||
| ● そういう意味ではありません。音楽をじっくり聞き込む人は、音楽の"高さ"ではなく"深さ"をつかむことができます。私が"高さ"と言ったのは音楽の持つエクサイトメントです。センセイショナルな音楽が"高い"音楽です。それに対して、センシティヴな(感受性のある)音楽が"深い"音楽です。そのような音楽はデヴォーション(献身、祈り)を持っています。"高い"音楽を演奏すれば聴衆は手拍子を打って楽しむかもしれないし、踊ることも、聞きながら食事をすることもできる。しかし"深い"音楽をききながらそのようなことはできません。 音楽について本で読んだり学校で学んだりするだけでは、音楽を"深く"感じるようにはなれません。音楽を実践すること、演奏したり歌ったりする音楽家になることが、音楽をいちばんよく理解する方法でしょう。 | ||
| ◎ {ちょっと質問と答えがよく噛み合っていないような気もするが、日本人とインド人の思考過程、論理構造のちがいもあるので少々ニュアンスが食い違うのは仕方あるまい。彼なりにインド音楽の重要な部分を熱心に話してくれているので、回答はそのまま受け取っておくことにする。} いまのお話では、インド音楽にも感情の要素が重要だとおっしゃっているように思われますが、私が前から本で読んだりしているところでは、インド古典音楽は理知的にラーガ、ターラを発展させるもので、喜怒哀楽を表現するものではない、とされています。その点はどうなんでしょう。 | ||
| ● もちろんインド音楽が一定の文法に基づいているのは確かです。しかし技術だけで成り立っているのではありません。即興演奏するたびに別の演奏が生まれる、そこにこそ、差があります。そこにたくさんの感情が表現されるからですよ。 | ||
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| ラーガとガットと即興の関係 | ||
| ◎ 28日の前半で演奏されたのは「プリヤダナシュリ」ってラーガでしたね。 | ||
| ● そうです。 | ||
| ◎ ラヴィ・シャンカルが68年夏のウッドストック・フェスティバルで演奏した「イヴニング・ラーガ」というのが「プリヤダナシュリ」でしたね。 | ||
| ● そうですか。レコードになってるのだったらぜひ聞いてみたい。 | ||
| ◎ 彼は10分くらいにまとめてましたけどね。あなたはアーラープ(これから演奏するラーガを提示するイントロ的なフリー・リズムの部分)とジョール・アーラープ(アーラープよりリズミカルで、より自由にアドリブを展開する部分、しかしここまではシタール奏者のソロで行う)とで35分、そしてタブラを加えたガット(作曲されたテーマに基づく即興演奏)を30分、合計65分、おやりになりました。あのくらいの長さが、インドなどでの演奏会でも普通なんですか。 | ||
| ● 普通はもっと長くなりますね。ひとつのラーガを1時間半とか2時間とか、やることもよくあります。もちろんどのくらいの長さにするかあらかじめ決めて時計を見ながらやるわけじゃない。そのときの気分です。ただこのあいだのコンサートは2時間そこそこの間に2曲やろうと思っていたので、あの長さで切り上げました。 | ||
| ◎ もっと長くやる場合は、ガットが延びるわけですか。 | ||
| ● すべての部分が長くなります。アーラープだけで1時間以上やることもありますよ。 | ||
| ◎ シタール演奏はタブラとタンブーラ(シタールと似た形の弦楽器だがドローンだけを鳴らし続ける)とのトリオで演奏するものだと思っていたんですけど、28日のコンサートは、あなたのシタールと、ニシカント・バロデカルのタブラと、ふたりだけでやりましたね。 | ||
| ● タンブーラというのは演奏の一部分として存在するものじゃないんです。タンブーラは聴衆のために演奏するんじゃなくて、シタール奏者にピッチを知らせるためにひとつの音を鳴らし続けます。だから聴衆にとっては必要ないんです。ヘタなタンブーラ奏者ならば、いないほうがずっとマシです。私のシタールは百年以上経った銘器で、絶対に演奏中にピッチがズレたりしません。楽器をそのまま置いて20日もひと月も経ってから弾いたとしても全然ピッチは狂ってませんよ。もちろん、いいタンブーラ奏者がいれば私も一緒にやってほしいと思います。 | ||
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| ◎ レコードで聞くインド音楽は普通アーラープからガットまでひと続きで演奏してますけど、あなたはアーラープとジョール・アーラープのあといったん演奏をとめ、聴衆も拍手をし、そこでガットの説明をしてからタブラが入ってガットの演奏をしましたね。 | ||
| ● 私もレコードでは中断なしにガットに入るのが普通です。それは時間的なこともありますし、演奏者によっては長いアーラープからガットまで続けて演奏します。人により、そのときにより、どちらでもいいのです。 | ||
| ◎ ガットの説明の中で"コンポジション"という言葉を使ってましたけど、ガットというのは作曲されているのですか。 | ||
| ● もちろんです。作曲されたパターンに基づいて即興するのです。ラーガという決まったフォームの枠の中で、ひとつのメロディーを作ったのがガットです。そのガットをもとにして即興演奏をします。実際に楽器を弾いて説明しましょう。例えば「ラーガ・プリヤダナシュリ」はこういう音列です。 Eb、E,G,A,B,D,Eb このラーガに基づいて、例えばこういうガットが作曲されます。それをこんな感じで即興演奏します。(この演奏は微分音を多用しており楽譜に書き表すのは無理) それプラス、タイム・サイクルのターラがガットには組み合わされています。そのサイクルも一定に保ちながら即興するんです。 | ||
| ◎ つまり作曲と言っても長い曲じゃなくて、ターラのワン・サイクルの長さのフレーズなんですね。それが即興演奏のための枠組になる。作曲という以上は作曲者がいるんですね。 | ||
| ● もちろんいます。ときにはずっとむかしの人が作曲した場合もあり、演奏者自身が作曲する場合もあります。 | ||
| ◎ 28日に演奏した「プリヤダナシュリ」は? | ||
| ● 私が作曲しました。 | ||
| ◎ もちろん楽譜に書いたりしませんよね。 | ||
| ● むかしの人が作ったガットもすべて耳で聞いて憶えます。 | ||
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| 歌うように楽器を弾く流派 | ||
| ◎ あなたの弾き方はミーンド(弦をフレットに沿って横に引っぱって音の高さを上げる奏法.ギターのチョーキングと同じ)をずいぶん使うようですね。とくにアーラープの部分など、メロディーの細かい動きをほとんどミーンドだけで弾いてた。ラヴィ・シャンカルなんかはアーラープももっとフレットを行き来して弾くんじゃないんですか。 | ||
| ● それは私たちがガヤキ・アンガgayaki angaで弾くからです。ガヤキとはシンギング、アンガとはスタイルの意味で、歌うように楽器を弾くんです。 | ||
| ◎ あ、歌のコブシ回しを楽器でやるためにミーンドを使うんだ。あなたは声楽もやるんですか。 | ||
| ● もちろんです。インド音楽は声楽がきほんです。アアアー…{コブシをたくさんつけて歌ってみせる}というのを楽器でこのように弾きます。{アアアー…のフレーズをこんどはシタールで弾いてみせる}。タブラ奏者だってヴォーカルを勉強するんですよ。私はタブラも学びました。 | ||
| ◎ ぼくの乏しい知識では、南インドのミュージシャンはヴァイオリンなんかを極めてヴォーカル的に弾くけど、ラヴィ・シャンカルのように北インドのミュージシャンは非常に器楽的な弾き方をすると思っていました。 | ||
| ● 私の属しているガラナgharana(流派、楽派)ではみんなガヤキスタイルで弾きます。器楽的な弾き方をタントラtantra・アンガと言って、シャンカルなんかはそちらです。私はガヤキとタントラのふたつのスタイルを融合して、これまで誰もやったことのないスタイルを作り出しました。 | ||
| ◎ ぼくはもともとヴォーカルの音楽が好きだから、あなたの演奏に惹かれた原因のひとつはあなたのガヤキの要素にあるのでしょう。 それで、あなたは優秀なシタール奏者がたくさん出た家系のご出身ですね。さきほどガラナという言葉が出ましたが、あなたの家系がひとつのガラナを成しているわけですか。 | ||
| ● そうです。私たちはエタワ・ガラナという流派でアクバル皇帝の時代の宮廷音楽家の家系として400年の歴史を持ち、私は7代めの直系の子孫に当たります。私の息子が8代めです。私のおじにあたるヴィラーヤト・カーンはいまもっとも尊敬されているグレイト・マスターです。私の父は偉大な作曲家で、映画音楽の仕事をたくさんやっていました。それで私はボンベイ(インド映画産業の中心地)で生まれました。 | ||
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| ◎ ラヴィ・シャンカルの名前ばかり引き合いに出して申し訳ないけど、彼とあなたのスタイルの違いは、ミュージシャンとしての個性の違いよりもガラナの違いによるわけなんですね。 | ||
| ● そうです。彼はアラウッディーン・カーンの弟子でマイヤル・ガラナの人ですから。 | ||
| ◎ エタワ・ガラナというのはシタールの流派と考えていいんですか。 | ||
| ● そうです。われわれの家系の者はほとんどがシタールやスルバハール(大型シタール)を弾きます。例外的にイムラットの息子のひとりはサロード奏者だし、私の息子たちのうちの弟のほうはタブラをやらせようかと思っています。シタールばかりでは一緒に演奏することも出来ませんからね。 | ||
| ◎ 今回あなたと一緒に来たタブラ奏者ニシカント・バロデカルは、いつも共演している人なんですか。 | ||
| ● いつもじゃないけどインドでもときどき一緒にやります。若いタブラ奏者たちがいろいろ共演させてほしいと言ってくるので、今回は彼を選びました。なるべくさまざまな人と共演するようにしています。アラ・ラカ(シャンカルとしばしば共演した大ベテランでザキール・フセインの父)以外のほとんどのタブラ奏者と共演してきてますよ。 | ||
| ◎ ザキール・フセインをどう思いますか。 | ||
| ● タブラのベスト・プレイヤーのひとりでしょう。 | ||
| ◎ "ザ・ベスト"とは言わないんですか。 | ||
| ● 音楽の世界では、誰が絶対的に最高、ということは言えません。 | ||
| ◎ ぼくはあなたのCDを1枚だけ持っているんだけど、ザキールと共演してましたね。 | ||
| ● ああ、ドイツ盤ですね。 | ||
| ◎ ほかにどんなレコードを出してるんですか | ||
| ● CDは4枚出してます。ロンドンのミュージック・インディアからもザキールとの共演を出しましたし、アメリカからも2枚出しました。もうすぐ2枚のCDが発売される予定で、そうすればCDが6枚になります。インドではLPを5枚、カセットを13本、出しています。もうすぐ出ると言ったうちの1枚は『インディア・トウデイ』という雑誌の会社から出るもので、12枚のシリーズのうちの1枚です。いまの一流ミュージシャンたちが参加したシリーズになるはずで、ハリプラサド・チョーラシア(竹笛)なんかも入っていますがシタールは私だけです。 | ||
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| パルヴェースが"おじ"と呼ぶヴィラーヤト・カーンはいま最高のシタール奏者。写真は彼と弟のイムラットの共演LPのジャケットから。二人の後方の画像は、中央が祖父のイムダッド、右が父のイナーヤト、左がイナーヤトの弟でパルヴェーズの祖父に当たるヴァヒドである。 | ||
| ◎ ヘンな質問だけど、レコーディングでも、朝のラーガは朝に録音するんですか。 | ||
| ● 正確にはそうは言えないけど、レコーディングが午前10時に始まるとしたらまず最初に朝のラーガを録音しますね。夕方のラーガを録音するとしたら、昼食を取って少し休憩して、ほぼ夕方になったときに夕方のラーガを録音しますよ。 | ||
| ◎ インドではしょっちゅうコンサートをやるんですか。 | ||
| ● コンサート出演とその準備とでかなり忙しいんです。インド各地に出かけて公演をし、ついでにそれぞれの土地の弟子たちに教えます。ラジオやテレビでも演奏します。海外ではヨーロッパ、ソ連、アメリカ、カナダなどで公演をしてきました。この秋は6週間にわたるアメリカ公演の予定が決まっています。 | ||
| ◎ ぜひ日本にもまた来ていただきたいですね。 | ||
| ● ぜひ何度でも来たいですね。聴衆も熱心に聴いてくれるし。今日のインタヴューも非常にいい内容になって満足してますよ。こんなに音楽的に突っ込んだ質問をされたことは初めてです。日本のみなさんによろしくとお伝え下さい。 | ||
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| シャヒード・パルヴェーズは単に演奏するだけでなく音楽について深く考え、チャンと自分の意見を持っている人という印象を受けた。興味深い話をたくさん聞けたのだが、ページの関係でかなり省略せざるを得なかったのが残念だ。 | ||
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